アンマのアシュラムで③
前回のブログの続き
ヒンズー教って日本ではあまり馴染みがない人が多いと思うけど、
もっと色彩豊かにド派手にしたバージョン、
って言っても良いと思う。(本当か?)
というか日本の密教ってほぼヒンズーな感じなのです。
ブッダの死後、インドで仏教がどんどん衰退していき、
権力争いの内部闘争なんかもあり、
中国周りで日本に伝わって来たのが初期の日本の仏教。
その間インドでは仏教の衰退を食い止める為、
土着の神や迷信的な呪術や祈祷などの習慣に迎合していかざるを得ない状況になり、
どんどんヒンズー化していく。
そんな風に進化(?)した仏教が、
空海が中国から持ってきて、当時「最新の仏教」と言われた密教。
あちらこちらに色々な神様の像が立ち並び、
梵字があちらこちらに記され、
「この敷地を1周すると
四国八十八箇所を巡ったのと同じ効能がありますよ」とか、
一回経文を読誦したのと同様の功徳を得られますよ」といった、
そんなアトラクション的なものが、
ところ狭しと乱立しているのが密教系の寺院の特徴。
同じ大乗仏教でも、質素な曹洞宗などの禅寺とはかなり趣が違う。
護摩焚きなんかも、天井高いお寺の屋根に届かんばかりの勢いで炎があがり、
お経は大勢の僧侶による大合唱だけでなく、
太鼓がガンガンド派手になり響く中で行われたりして。
密教の「み」の字も知らないで、
軽い気持ちで護摩焚きに参加した時にはちょっとびっくりさせられて、
友達と、「護摩焚きってロックだよね」
なんて訳のわからない感想を残して帰ってきた事をよく覚えている。
当時はヒンズー教に対する理解も
密教のルーツの事も知らないでいた訳だから、
呪術的な要素が盛りだくさんの施設に
ただ目をぱちくりさせるばかり
朝の日課も、5時から約1時間かけて神様の名前を
ただひたすら唱え続けるチャンティングから始まる。
暗いホールで、よく知らないヒンズーの神様のお名前を
一生懸命目で追い、たどたどしく唱えながら、
「一体何人の神様がいるんだよ!」
なんて心の中で悪態をついていたのを覚えている。
神聖な場所で貴重な経験させて頂いていたのにね・・・(涙)
つづく。